読書記録 日曜農園 松井雪子

[読書記録] 日曜農園 

著者:松井 雪子

出版社: 講談社

 

 

あらすじ

萌と母親の笑子はある日曜日に自転車で市民農園に出かける。農園へ着くと、そこには父親の隆が放置したままぼうぼうになっている畑が待っていた。萌は父親の代わりに畑で野菜を育て始める。隆に「みみずやちょろのすけ」という別の名前があることを知った萌は、自分の知らない父親の姿に動揺しながらも、ホームページと日曜に行く農園を通じて、急にいなくなった隆について考え始める。

 
守る、とは。

おそらく、隆の一番の居場所であった農園。そこでの父親の別の顔を、萌も妻の笑子も隆の母親も知らなかった。姿を消した今でさえ、知っているのは萌だけである。愛情とは、思いやりとは、守るとはどういうことなのか、考えさせられる。3人それぞれが隆を必要とし、それぞれ帰りを待ち望んでいる。萌は、化学肥料たっぷりの土壌を買ってくる笑子は、何もわかっていない、考えていないのだと思う。実際は、笑子は笑子なりに、隆のことを考え、理解しようとしているのだ。しかし、それが隆の望むこととは方向がずれているように感じる。3人とも隆を必要とし、帰りを待ちわびているのに、それを示す行動はバラバラ。愛情の込め方の違いは、農薬を使うエノキさんと無農薬派の隆の対比によっても見て取れる。無農薬で、手間暇かけて畑を守っていた隆だが、結果、急に農園に来なくなり、畑は荒れてしまった。荒れた畑は、残された鶴田家のよう。エノキさんは農園全体の畑を気にかけている。作物を守る方法が人によって異なることは、人間にも当てはめられる気がする。しかも、人の守り方、接し方の方がよっぽど繊細で複雑である。隆は、弱いと悟ったら噛み殺してくれる野生の生き方を望んでいた。きっと隆は苦しかったのだろう。同様に、隆が消えた理由がわからない残された家族も、苦しいだろう。大きな衝突もなく、農園を中心にゆったりと進むストーリだが、登場人物の溢れ出しそうな思いに触れる作品だった。

 

 

 

著者紹介

 松井雪子(まついゆきこ)

東京都生まれ。1988年「ASUKA」にて漫画を描き始める。2001年より「群像」で小説を書き始め、活動の幅を広げている。著書に『イエロー』(第128回芥川賞候補)、『アウラアウラ』(第137回芥川賞候補)など。